2017年07月11日

イラク軍、モスルの制圧を宣言。

 この10日、イラクのアバディ首相は、ISからの奪還作戦を遂行していたイラク第二の都市、モスルの奪還を宣言した。これによって、ISは、ダッカに拠点を移し、抵抗を続ける様相となっているようだ。

 さて、このモスル奪還はイラクにとって、どんな意味を持つのであるのだろうか?
 このモスルは、ISの指導者であるバグダディが、IS(イスラム国)の樹立を宣言した都市であるわけだが、このイラク第二の都市であったモスルは、ISの支配もさることながら、このイラク軍の奪還作戦によって、住民はイラク軍の奪還作戦で、ISによって「人間の盾」にされ、徹底したイラク軍の攻撃で死亡している。また、この一連のイラク軍の「奪還作戦」と称する軍事攻撃を逃れ、難民となってこのモスルを離れている。
 こうして、この歴史的にも重要なイラクの第二の都市からは、多くの住民が去り、街は破壊し尽くされ、瓦礫の山となっているのが、現状である。

 私が何を言いたいかといえば、イラク軍は「奪還作戦」として軍事行動を執ったわけだが、これが本来のモスル「奪還」といえるのか、ということである。
 破壊し尽くされた都市で暮らことはできない。自給自足すらできないのである。
 そこで、かつてこのモスルの町で生活していた住民は、瓦礫の山となった自宅のあった場所に、果たして戻ることができるのだろうか?ISの弾圧の下で暮らした日々を思い返せば、誰もが凄惨な記憶が蘇り、戻って生活するなどと、考える者は誰もいないだろう。まして、瓦礫の山だけの廃墟である。
 たとえ、このモスルがかつての光景を取り戻すには、長大な時を必要とするであろう。

 果たして、イラク軍のモスル「奪還作戦」にどんな意味があったのだろうか?ISのメンバーは、単にモスルを放棄して、拠点を移しただけではないのだろうか。モスルの住民は去り、瓦礫の山だけが残るモスルは、

「奪還」と言いながら、都市を破壊したに過ぎないのではないのだろうか。
 他に、奪還の方法は、なかったのであろうか。

 都市の「奪還」とは、かつての住民が、以前と同じように、その場所で生活できてこその営為ではないのか。かつてのモスルで生活していた者たちに、「このイラク軍によるモスル奪還は、あなたの望んだ形になっているのか」と、・・・。

この記事を参照のこと









★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
 ホームページ制作、有料レポート販売
 PSI333a' Laboratory :
http://psi333a.jp/
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お得な生活情報サイト 「 PSI333a's Lab. Shop 」
 あなたがお探しのアイテム、サービスがここにある
http://psi333a.jp/arcade01.html
 特集サイト
http://psi333a.jp/barcade01.html

★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆





posted by キッドマン中佐(a) at 13:27| Comment(0) | 中東・アフリカ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: